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1931年12月27日山形県鶴岡市生まれ、1951年プロとしてデビュー、仙台の米軍キャンプなどで活躍した後上京、いくつかのコンボを経て、61年に海老原啓一郎とロブスターに参加、64年に発足した東京ユニオンに参加、野村良、渡辺明、山屋清、に変わって66年より4代目リーダーとなる。東京ユニオンは結成当時から新鮮なサウンドとファッショナブルなイメージで話題を集め、77年には新進アレンジャー三木敏悟を起用して「北欧組曲」(TBM)を発表、スイングジャーナル紙ジャズディスク大賞、「日本ジャズ賞」を受賞、翌78年にはスイスのモントル−ジャズ祭に招かれ絶賛を得る。 |
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86年にはカウント・ベイシ−に捧げた「キーピング・カウント」(キング)を発表、スイングジャーナル紙ジャズディスク大賞 「日本ジャズ賞」を再度受賞すると同時に高橋個人も「第12回南里文雄賞」に輝くという快挙を遂げた。 |
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又、スイングジャーナル紙、読者人気投票「ビッグバンド部門」では78年以来、11年連続のポールウイナ−に輝いている。加えて高橋はソロブレイヤ−としても優れており、「インプレッションズ/高橋達也3×猪俣猛3」(オーディオ、ラボ)。「ストレート・ノー・チェイサ−/西直樹ミーツ高橋達也」(トリオ)。「ライト・イナフ/スペシャル・カルテット+1」(GMLゴールドCD) がある。平成元年11月急病により緊急入院、同年12月31日をもって東京ユニオンを解散。 |
高橋個人は8ケ月間の闘病の末見事全快し、平成2年7月30日の復帰バーテイ−開催を契機に、テナーサックスプレイヤ−としてジャズ界に復帰、高橋達也セプテットをメインに、コンボ演奏、ソロプレイヤ−として、放送、ステージ、及びライブハウス等で、活動を始める。 |
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平成4年11月21日、復帰後初のリーダーアルバム「シ−クレット・ラブ/高橋達也クインテット」を、三菱電機製96KHz・サンプリングレコーダーによるジャズでは初の超優秀録音をアイオロス・レーベルより発表。CDと同時に今また復活のきざしが出てきたアナログLP(USAプレス)が、ジャズ及びオーディオマニアの間で注目を集めた。 |
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平成6年10月
デビッド・マシューズと双頭ビッグバンドを編成、新宿スペースゼロでコンサートを開催、大好評を得た。 |
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平成8年 四国アマチュアビッグバンド連盟の理事長として第一回コンサートを開催。自己の演奏活動の他に、日本アマチュアビッグバンド連盟の顧問として、社会人ビッグバンドの発展と、中学高校生ジャズバンド向上の為にコンサートクリニック指導を中心に、精力的に活動している。平成9年2月高松市、香川県県民ホールと、11月群馬県太田市民会館にて「高橋達也リユニオンスベシャルビッグバンド」のコンサートを開催、超満員の観客で話題になり大成功を収める。平成10年2月 長野県岩岳スキー場野外ステージの厳寒ジャズコンサートで、フュージョン界のスタ− 「伊東たけしと神保彰」を擁した高橋達也スペシャルビッグバンドで出演、TVにて放映され話題になる。現在もコンサート、ライブハウス、クリニックと多方面で活躍中である。 |
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